2003年 12月 26日 ( 1 )


2003年 12月 26日

2003年12月26・27日

12月26日(金)

蠅のように群がる詐欺師にうんざりして、スペインに帰りたくなってきた。フェリーの揺れがひど
いんで2泊しようとも思ったが、紙のはじきが強すぎて、どうもうまく描けない。フランスかイタリ
アの紙を手に入れたいと思った。そのために、大都会のSEVILLAに行くことにした。


さすが、悪名高いTANGERである。フェリー乗り場で最後の洗礼をうけてしまった。てっきり、
発券会社の人かと思いパスポートのコピーを渡したら、出国カードを書いて来た。自分で書く
からと言ったら、これが俺の仕事だというわけ。仕方なく、1ユーロチップをあげたら、5ユーロ
よこせときた。
 まあ、これっきりと思い払った。そしたら、税関のところで、パブリックのものだということで、また
出国カードと乗船券をとられた。そして、OKだ。チップよこせときた。パブリックなのに、いるのか?
と言って、今度は断固拒否した。そして、あきらめたのか、帽子を交換しようと言い出した。阪神の
優勝の野球帽をかぶっていたのだ。これは、妹のプレゼントだからだめだと言った。なんか、スポー
ツやってるのかときいてきたから、カラテだと答えた。右手のこぶしに、バドミントンでできたたこが
できている。捕球するとき、床にそこがつくことが多くて、たこができているのだ。こぶしを見せて、
自分はブラックベルトだといったら、さすがにちょっとひいた。ついでにJUDOも3段だとうそぶいた。

フェリーの代金は233DHだった。ポケットに300DHあったので両替したら、26ユーロだった。

帰りのフェリーでは日本人と出会った。二人連れの青年とモロッコの出来事などをいろいろ話した。
やはり、内陸の景色は相当いいらしい。

アルヘシラスには13時半についた。それから、15時30分のバスでSEVILLAに向かった。


12月27日(土) SEVILLA-RONDA
アルヘシラスからバスでSEVILLAへ向かった。途中、グアダルキビル川の湿地帯があって、
たくさんのクリークがみれた。スペインらしからぬ、風景が広がっていた。どこか、北海道の
十勝を思わせる風景だ。とどまって、絵を描きたい衝動にかられたが、SEVILLAのYHに
予約していたので、仕方なくSEVILLAに向かった。紙のこともあるし・・。
SEVILLAはさすがに大都会だった。イタリアのファブリアーノ紙とイギリスのコットマン紙を
手に入れることが出来た。ずいぶん高いのにびっくりした。日本より高いかもしれない。
100%コットンの23×30.3cm、20枚つづりのブロックのファブリアーノ紙が23ユーロ
もした。ファブリアーノのブロック2個とコットマンのブロック1個を買った。
久しぶりに、野菜が食べたくなった。中華料理屋とインターネット・カフェをさがしたが、すぐに
みつかった。中華は野菜サラダ、チャーハン、魚の油で揚げたものにソースをかけたもので
あった。12ユーロだった。

朝、8:00に起きて、RONDAに向かった。YHからSEVILLAのバス・ターミナルまで歩こうと
思ったが方向を間違い、停留所の地図で現在地を確認していたら、親切なおばさんが、バス
・ターミナル行きのバス停まで連れて行ってくれた。そして、道を聞く構文「ドンデ・エスタ~」
を何度も教えてくれた。こういう、親切があれば、SEVILLAの街そのものに対する印象が違
ってくる。1泊で去ることが申し訳なく思ったほどである。絶対に、今度は5泊以上はしたいと
思った。

RONDA駅のすぐ前のHOSTALに泊まった。部屋にはエアコンとTVがありとても快適だ。
洗濯もたまっている。ズボンもサッカーやったせいで茶色くなっている。おばさんも親切そうだ。


まずは腹ごしらえということで、パエリアを食べた。7ユーロ。そして、洗濯をした。

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by toledo817 | 2003-12-26 16:15 | 旅行